東京高等裁判所 平成5年(ラ)290号 決定 1993年5月12日
抗告人
株式会社A
代表取締役
B
代理人弁護士
宮下文夫
相手方
C
代表理事
D
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一本件抗告の趣旨と理由
本件抗告の趣旨は、「原判決を取消す。コスモ信用組合の売却のための保全処分申立を却下する。」との裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙執行抗告理由書<省略>に記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1 一件記録によると、次の事実が認められる。
(一) 相手方は、E株式会社(旧商号、E住宅株式会社、以下、Eという。)に対する信用取引等から生ずる債権を担保するため、昭和六三年九月二日、E所有の別紙物件目録一の土地(以下、本件土地という。)及び右地上の同目録二記載の建物(以下、旧建物という。)につき、債務者E、根抵当権者相手方、極度額三億七〇〇〇万円とする根抵当権(共同担保)を設定し、その旨の登記を経由した。
(二) 相手方は、Eに対し、昭和六三年九月二日三億円、平成三年八月一三日金一七六〇万円を貸し付けた。
(三) 旧建物は、平成二年一月二六日取り壊され、本件土地は更地となり、同年三月八日旧建物の登記簿は閉鎖された。
(四) Eは、平成三年三月ころから、利息の支払いを遅滞するようになり、相手方は、再三にわたり支払いを求めてきたが、Eからの競売を待ってほしいとの申入れに応じて、一年以上も根抵当権の実行をしないできたが、返済の具体的な話はなかった。
そこで、相手方は、平成四年九月九日付書面で、Eに対し、融資金元本と遅延損害金の支払いを求め、支払いがない場合は、法的手続をとるとの最終的通知をし、右書面は同月一〇日到達した。
(五) Eは、本件土地につき、平成四年九月二一日抗告人に対する地上権設定の仮登記、株式会社Fに対する所有権移転請求権仮登記をした。そして、平成四年一一月二四日の確定日付のある書面で、Eとの間で、本件土地の地上権設定契約書を作成し、Eは、地上権設定権利金として、抗告人から金四五〇〇万円を受領した旨の同日付の確定日付のある領収書を作成している。
株式会社Fの代表取締役であるGは、抗告人の取締役である。
また、株式会社Fの事務所の郵便受けには、抗告人の会社名も併記されている。
(六) 相手方は、平成四年一〇月二〇日ころ、株式会社Fに対し、根抵当権の実行通知をした。
(七) 抗告人は、平成四年一一月二日ころ、更地であった本件土地上で基礎工事を始め、同月九日ころ、プレハブによる建物を組み立て、内装工事を始めた。
そこで、相手方の新橋支店長Hが、Gに対し、事情説明を求め、工事の中止を求めたところ、Gは、「工事を中止して欲しければ五〇〇〇万円を支払え。」と要求した。
(八) 抗告人は、平成四年一一月一一日ころ、上記工事によって本件土地上に同目録三記載の建物(以下、新建物という。)を建築し、同月一九日表示登記をし、同月二五日所有権保存登記をした。
そして、平成四年一二月四日、抗告人は、新建物につき、株式会社Iに対し、賃借権設定仮登記をし、更に、同建物につき、債務者E、根抵当権者株式会社Fとする根抵当権設定登記をするとともに、Eも、本件土地につき、株式会社Fに対し、共同担保として根抵当権設定登記をした。
株式会社Iの代表取締役であるJは、抗告人の監査役でもある。
なお、株式会社Fの上記(五)の所有権移転請求権仮登記は、平成四年一一月二四日錯誤を原因として抹消されている。
(九) 株式会社Fは、平成四年一二月一四日、本件土地及び新建物につき、競売開始決定を得て、その旨の差押登記がなされた。
相手方は、平成四年一二月一五日、本件土地につき、競売開始決定を得て、その旨の差押登記がなされた。
(一〇) 平成四年一二月二五日、相手方は、売却のための保全処分を申し立て、平成五年二月三日、原裁判所は、抗告人に対する、新建物の収去、本件土地からの退去、本件土地への工作物の建築・設置、占有のE以外の第三者への移転、占有名義の変更を禁止する本件原決定をした。
2 以上の事実関係によると、抗告人は、相手方が、債務者Eに対し、その債務の履行を催告し、根抵当権の実行の通知をした平成四年九月一〇日の後である同年一一月二日ころから、更地であった本件土地につき、Eから地上権の設定を受けたとして地上に新建物を組み立て、所有権保存登記をし、相手方側に金五〇〇〇万円を要求するなどの行為をし、更には、新建物につき本件土地との共同担保として株式会社Fに根抵当権を設定するなどしており、右行為が客観的に相手方の本件土地に対する執行を妨害するものであることは明らかであり、かかる状況では、相手方の行う本件土地の担保権実行の手続において、一般人が買受けを躊躇し、買受けを希望しなくなる可能性が強く、買受希望者相互間の価格競争を阻害するものである。そして、抗告人の上記行為は、債務者であるEの関与、協力の下に行われたもので、その時期及び態様等に照らし、相手方の根抵当権の実行を妨害する認識を共通にしていたと推認するに十分であるから、本件競売手続との関係においては、抗告人はEの占有補助者的地位に立ち、その上記行為は、民事執行法五五条一項の「債務者が不動産の価格を著しく減少する行為」に該当すると考えられる。
なお、抗告人は、平成四年九月ころから、Eとの間で、本件土地の借地に関する交渉を始めたと主張し、それに沿う疎明資料も一部提出されてはいるが、抗告人及び株式会社Fの各登記手続等は、いずれも、相手方が本件土地の抵当権実行の申立を準備段階にあることを知ってから後であることを考えると、E、抗告人、株式会社Fの右各手続が執行妨害と全く無関係に行われたものと認めることはできない。
以下、抗告人の抗告理由につき、個別に判断する。
(一) 抗告人は、第一に、売却のための保全処分は、差押時点における目的不動産の現状を維持し、差押後の逸脱的利用により目的不動産の価格を著しく減少させる行為を制約するものであるところ、本件土地の差押登記時点で既に新築済で保存登記も完了していた新建物につき、保全処分を命じるのは、民事執行法五五条一項の趣旨に反し、保全処分の時的限界を逸脱していると主張する。
しかしながら、抵当権実行の準備段階であることを知って、執行妨害の目的で、抵当物件である土地上に建物を建築するような場合は、抵当権設定者に許される土地の通常の利用方法とはいいがたく、競売開始決定の差押登記の以前の行為であっても、民事執行法五五条一項にいう「不動産の価格を著しく減少する行為」に該当するものと考えるべきである。
(二) 抗告人は、第二に、保全処分の内容として、新建物の収去と本件土地からの退去を命じるのは、保全処分の目的及び限度を著しく逸脱するものであると主張する。
しかし、本件においては、抗告人側に執行妨害の意図が認められ、後記のとおり、新建物については、法定地上権は成立しないから、本件土地の差押登記後において、新建物の収去と本件土地からの退去を命じたとしても、保全処分の目的及び限度を著しく逸脱するものとはいえない。
(三) 抗告人は、第三に、新建物の存続のための土地利用権としては、抗告人がEとの間に設定した地上権のほか競売事件における法定地上権の成立が見込まれ、「著しく目的物件の価格を減少する行為」は存在しないと主張する。
しかしながら、抗告人がEとの間に設定した地上権は、本件土地の根抵当権者である相手方に対抗できないものであり、また、本件では、土地とその地上の旧建物に共同抵当権の設定を受けた後、旧建物が取り壊され、右地上に新建物が建築されているとしても、新建物の所有者と土地の所有者とは異なるのであるから、法定地上権の成立は認められない。
抗告人は、相手方が旧建物についての根抵当権設定登記の抹消と旧建物の取壊しを事前に承諾していたものであり、他方、抗告人は、新建物の利用権の設定に金四五〇〇万円の費用をEに支払っており、また、新建物の建築費用として約一〇〇〇万円を掛けており、不測の損害から保護されるべき地位を有するものであり、本件土地について、法定地上権の成立を認定すべきであると主張するが、相手方が旧建物につき根抵当権を抹消し、旧建物の取壊しを承諾しても、それは本件土地につき更地としての担保価値を把握できることを前提にした行為であって、新建物についての法定地上権を受忍したものとはいえないし、抗告人が新建物の土地利用に関し、金銭を支出していたとしても、本件土地につき対抗できない根抵当権が設定されていることは登記簿上知ることができるから、不測の損害が発生したとはいえない。
その他、法定地上権の成立に関する抗告人の主張はいずれも失当である。
三以上によると、本件執行抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官山崎潮 裁判官杉山正士)
別紙物件目録
一 所在 東京都中央区新富一丁目
地番 一〇六番八
地目 宅地
地積 39.93平方メートル
二 所在 東京都中央区新富一丁目一〇六番地一
家屋番号 一〇六番一の五
種類 居宅
構造 木造瓦葺二階建
床面積
一階 29.75平方メートル
二階 19.83平方メートル
三 所在 東京都中央区新富一丁目一〇六番地八
家屋番号 一〇六番八
種類 倉庫
構造 軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
別紙執行抗告理由書<省略>